勾金中学校

【校歌・校舎全景・沿革】

校歌

勾金中学校校歌

校舎全景

勾金中学校校舎

沿革

 昭和22(1947)年4月、初代校長に鹿毛豊氏を迎え、勾金小学校の校地にて勾金村立勾金中学校が開校する。開校当初の職員数は11名、生徒数は247名であった。同年12月には、新校地を愛宕山麓(下高野湯無田1433ー1)に決定し、翌年1月より新校舎建築工事が着工される。

 昭和23(1948)年7月、校舎建築第1期工事が完了し、3年生が新校舎に移転する。

 昭和24(1949)年7月、第2期工事が完了し、1年生が新校舎に移転する。そして、昭和25(1950)年7月、第3期工事が完了したことで、全校生徒が愛宕学園に会し、2校分散の状況がようやく解消される。

 昭和31(1956)年9月30日、3ケ町村合併により、香春町立勾金中学校と改称する。

 昭和38(1963)年度には、学級数が18学級、生徒数856名となり、開校以来最大の学校規模となる。同年7月本校校地内に待望の町立体育館が完成する。

 昭和50(1975)年5月には現在のA棟が、12月にはB棟が完成し、それぞれ移転する。

 昭和55(1980)年11月、原因不明の火災により町民体育館を焼失するが、12月には体育館建設工事が着工され、翌年6月に完成、落成式が挙行される。

 開校以来、校舎や体育館の建設を始めとして、度々の建築・改修を重ねてきたが、その折々において、校区内の各財産区や有志の方々より多大なご寄付をいただき、令和3年3月31日に閉校した。